メディアのヒラリー擁護が露骨

トランプ大統領が誕生したら数千人がトランプタワーを囲み暴動も起きたようですね。
他には数人の有名人がSNSを使って、トランプについて非難をしていました。

確かに自分もトランプの人間性は嫌いですけど、選挙で決まった以上どうしようもありません。
それよりも、メディアがヒラリー側に立って報道するという偏向報道の方がおかしいと感じました。
しかもヒラリーの応援演説ではセレブを大量に動員させてスピーチまでしていました。
これって一般人を扇動しただけだったと思うんですが、どんな意図だったんでしょうね。

「有名なあの人がヒラリーを応援しているから私も応援するわ!」
というミーハーな考えで票が釣れると思ったんでしょうか。

どちらにせよ史上最低の低次元な争いだったことは事実です。
世界一の経済大国アメリカのトップを決める争いでこれですからね。
他にマトモな候補を擁立できなかった時点でダメだったんじゃないでしょうか。

ついに誕生、トランプ大統領

ついに誕生、トランプ大統領
以前の日記に「どうせならトランプが大統領になった方が面白い」
と書きましたが、本当に実現してしまいましたね。

ところで最近のニュースを見る限り、ヒラリー派寄りの報道が多い印象を受けました。
「票の獲得数でいえば約200万ほどヒラリーが上回っているから、トランプの当選は無効だ」とのこと。
200万と聞けば多いように聞こえますが、ヒラリー約6300万の票に対してトランプが約6100万の票です。
%で表せば3%ですよ。数字のマジックは怖いですね。

3%まで票数が拮抗している時点で、どちらも多いも何もないんじゃないんでしょうか。
そもそもアメリカの選挙は特殊で選挙人の数が多い方が勝ちなのに、トランプが多くの選挙人を獲得していますからね。

票数で比較した時にヒラリーは3%差しか付けることができず、
アメリカの正式な選挙法による判断基準ではトランプが勝利なわけです。
票数によるカウントを持ち出すことは非公式であり、往生際が悪いと感じました。

日本も世界も政治でやることは同じ

ヒラリーはメール私用問題、トランプは女性問題が紙面を賑わせています。
どっちもどっちというか、大切なのは「国民のために何をしてくれるのか?」ではないでしょうか?
その部分が軽視されて、お互いの信用を削りあう程度の低い争いになっている気がします。

まぁ日本にも同じことが言えて、どこのだれだれのお偉いさんが失言をしたとかしないとか。
解釈や言い方の違いといった言い訳を始めたり、それをメディアが取り上げたり。
そのような小さな物事を大げさに取り上げて煽る暇があったら、もっと他にやるべきことがあると思います。

そういう意味ではどこの国でも、国を動かす人達の考えとそれを取り巻くメディアの質は同じかもしれませんね。
世界共通の文化と言い換えれば、何だか世界との距離が縮まった気がします。

ヒラリーかトランプか

アメリカではヒラリーかトランプか、大統領選挙が注目を集めていますね。
といっても知的な要素は一切なく、お互いの悪口を言い合うだけの
「史上最悪の大統領選挙」と評されている内容ですが。

個人的には正直なところどちらが大統領になっても構いませんが、トランプの方が面白いかもしれません。
何故かというと変革を求める国民の期待を背負っているからです。
トランプの支持層は貧困層やブルーカラーが多く、移民と仕事を奪い合う関係にあるので
移民排斥を主張するトランプ側に民の注目が集まっているという状態です。

その一方でトランプが大統領に就任したとして、マトモに業務をこなせるとは思っていません。
つまり口は立派だが行動が伴わないビッグマウスではないかと。
でもトランプを選んだのは国民なわけですから、仮にトランプがダメでも選んだ国民に原因があります。

百貨店の撤退

時代錯誤の銀行で思い出しましたが、百貨店の撤退を相次いでいるみたいですね。
百貨店はいわゆるデパートで、庶民にとって特別の場所とか特別な雰囲気があるところでした。
ところが売り上げは漸減傾向で推移する中でここ数年はインバウンドで賑わいましたが、それが一段落すると売り上げは再び激減。

原因としては郊外や各駅の近くに大型ショッピングモールが出来たからだと思います。
広い食品売り場に数々のテナントが入り、過ごそうと思えば昼から夕方近くまで過ごせるので家族連れに人気があります。
百貨店となると高級感がある分だけ値段にも跳ね返っていますし、決して家族向けとは言えません。

お金を持っているシニア層や現役の富裕層が百貨店にとってのターゲット層ですが、
将来の先行きに対する不安から消費を抑える傾向が強くなったのも影響していると思います。
そんな百貨店もまずいと感じたので方向転換して、大型ショッピングモールのようにテナントを入れ始めました。

テナントを多く入れると店全体の方向性が迷子になり、百貨店特有の特別な雰囲気も台無しになってしまいます。
立地の良さを活かした土地を活用するとか、地元企業や自治体と連携して乗り切る等、他にも色々と方法はあったのではないでしょうか。

笑顔で挨拶するだけで年収500万以上の簡単なお仕事

もう一つ不思議だったのは、客が店に入ってくるたびに笑顔で「いらっしゃいませ」と言う店員が10人近くいたことです。
一体彼女達は、来店してくる客にどんなメリットを与えてくれるんでしょうか。
何か分からないことがあった時に駆けつけてくれる役としては多すぎますし、その一方でたくさんの客が窓口の順番待ちをしているわけで。
自分が経営者だったら、そんな挨拶だけする店員を減らして、その分を窓口の開設に充てます。
そうすれば利用者はストレスを減らせますし、窓口の回転が上がるということは売上も増えるわけですからね。

銀行が従業員をどう使おうと勝手ですが、その無駄な仕事をさせている従業員の給料は客からの手数料で成り立っているわけでして。
少なくとも口座開設をする時にロクな対応を取ることができず、
笑顔でいらっしゃいませと言う仕事をするだけで従業員に金が入るところに金を落とす気にはなりませんでした。

現に銀行はマイナス金利の影響で売上高が激減していて、それに釣られてほぼ全ての銀行の株価も何割か下がりました。
店舗を構えているタイプの銀行は根本的に変えていかない限り、ネット銀行に取って変わられていくのではないでしょうか。

銀行の将来が見えた

その時点で「あ、この店員は口座開設させたくないから意地悪してるんだな」と思いましたね。
仮にそれが規約で定められていたとしても謎すぎますし、それならホームページでも
「当行が職場に近いことを証明するために社員証を持参してください」と載せるべきでしょう。
確かに社員証は持っていますけど、運転免許証と社会保険証があれば充分だと思って持参しませんでした。

結局はたらい回しされて別支店のテレビ付き窓口で発行することになりました。
1時間近くかかりましたが、要は3時になる直前に口座開設をさせたくなかったからその窓口では何かと理由を付けて拒んだのだと思います。

結果的に口座が開けたので別にいいんですけど、ネット銀行で開設する時は当然ながらこのような審査はありません。
それがセキュリティ面や犯罪に悪用される可能性という意味では危険かもしれませんが、
今回の大手銀行のような画一的で客を粗末に扱う対応をしているようなら、その銀行の未来は無いな、と思いました。

口座開設でたらい回し

先日、口座を作りに大手の某銀行へ行きました。
窓口は3時で閉まってしまうのでギリギリだったんですが、応対した店員がとても無愛想でして。
おそらく3時ギリギリに来た客というのが許せなかったんだと思いますけど、
仕事の時間帯で決められているわけですから、内心はどうだろうがきちんと仕事をしてほしいと感じましたね。
愛想よくふるまえば、多少は器量が悪くてもカバーできるかもしれないですし。

口座開設について相談したら「開設は職場から指定されましたか?」「その職場で働いていることを証明できるものはありますか?」
と聞いてきまして。確かに口座は人には渡せないので、誰かの代わりに開設するのを防いだり、開設時に厳しくするのは理解できます。
ただ事前に、その銀行のホームページで口座開設をするために必要な物を調べていたんですけど、印鑑と身分証明しか書かれていませんでした。
社会保険証はその職場で働いていることの証明にはならないから、社員証を持ってこいと言うわけです。
ただホームページでそこまで持ってこいと書かれていなかったわけで。

大和君の続き

子供を叱って分からせるのではなく、置き去りという安易な方法に走った時点でしつけ方がそもそも間違っていたのだと思います。
今回は子供がサバイバル能力に優れてたまたま無事に発見されましたが、
他の子供では6日間も見つからなければほぼ死んでいたという見方が専門家の大半のようです。

推測でしかありませんが、死んだら死んだで構わないから意図的に置き去りにしたのだと考えています。
手のかかる子供だから山菜の散策中にはぐれたと嘘をつき、合流をしないことで殺してしまおうと。
最終的には誤解が解けたようですが、父親が疑われても仕方のない状態だったと思います。

というか子供の捜索を警察に頼む時に嘘の情報を提供している時点で、子供よりも親の保身を考えているのはクズです。
たまたま全国放送で知れ渡ってしまいましたが、多かれ少なかれ似たような間違ったしつけはどの家庭にでもあるのではないかと。
今回はその氷山の一角に過ぎないということを改めて認識させられた気がします。

大和君事件について

だいぶ前の話題ですが…結論から言えば心身共に健康を維持した状態で見つかったことは、喜ばしい限りです。
ただ「しつけとは何か?」というのを考えることになったキッカケになったのではないでしょうか。

本来は家庭の事情であり世間が口を挟むべきではないのは承知の上ですが、
やはり過度なしつけが結果的には皆に迷惑をかけてしまいました。

一方で父親の供述が二転三転していることに加えて平気で嘘をついたり、
子供が見つかってからの会見についても泣きもせず、無表情で淡々と語る様子は親として失格だという印象を受けました。

そもそも今回の騒動の発端となった車から降ろして置き去りにするというしつけ方は、
子供が他人や車に石を投げていたことに対するしつけだったようです。
ただ子供のやった行動に対して子供を責めるというのはお門違い。
むしろ子供の行動に対して間違いを認めさせ、健全な方向に修正させるものがしつけではないでしょうか。