ただしイケメンに限るの法則

男の上司が部下のOL等に話しかける時に
「その服装かわいいね」とか「昨日は何してたの?」と聞くのはセクハラやパワハラ扱いになるらしいです。
例えば性的な表現を用いるとか、意図的に触る等の行為をした場合はそのような扱いになっても納得できますが
褒める言動やコミュニケーションとしての会話をしただけでダメとは、本当に怖い世の中になりました。

というか結局は言葉ではなく、発言した相手との関係によって変わると思うんですよね。
好きな人やイケメンに言われたら悪い気はしないどころか逆に嬉しいぐらいでしょうけど。
嫌いな人や生理的に受け付けない人から何を言われてもダメということなのだと思います。
これはネットでも話題になっていて、大体の物事においてイケメンなら許されるという風潮として
「※ただしイケメンに限る」と書かれるようになりました。

信号無視をする人は仕事ができない

最初に書かせてもらいますが、歩行者にとって非常時の信号無視は仕方ないと考えています。
むしろ非常時にも関わらず律儀に信号を守ることの方が、柔軟性に欠けると思っているぐらいなので。

上記のような例外を除き、頻繁に信号無視を繰り返す人は個人的には仕事が出来ない人だと思いますね。
信号の時間は短くて30秒、長くて2分ほどでしょうか。
でも大体は信号が点滅していたら走って渡る人が多いと思いますので、2分をフルで待つ人は少ないかと。
長居と分かっていれば間に合わせようと調整しますからね。
となると2分の信号でも実際に待つのは1分から1分半ほどです。

1分前後の時間さえ待つことができないというのは自分の欲望を制御できないわけですから、
理性が欠けています。そこらへんの動物と同じでしょう。
だって1分前後なんてスマホ取りだして暇を潰すとか、今後の予定を考えるとかすれば余裕で潰せるはずですから。
どうしてそこで信号無視をしよう、という思考回路に辿り着くのが理解できないですね。

信号無視の位置付け

自分としては信号無視をしている人を見かけると激しい憤りを感じます。
その一方で、自分が今まで一度も信号無視をしたことがないか?と聞かれたら、何度かあります。
信号無視といっても歩行者の時で、深夜で横断歩道の距離が短いような限定的なところですが。
さすがに車を運転していたり、一般的な横断歩道とか昼間に堂々と無視をしたことはないです。
でも正直なところ、ケースバイケースだと思うんですよね。

例えば「この信号を渡れば間に合うが、渡らなければ確実に間に合わない」という場合。
まぁそれでも、信号を待っている間に連絡を入れるという手もありますが。

個人的に信号というのは「絶対に守らなければいけないわけではないが、可能な限り守るもの」という認識です。
日常的に信号無視を繰り返すのは人間として危ないと思いますが、
状況によって仕方ないこともありますが、上手く使い分けていきたいものですね。

肉食系と草食系

話がだいぶ脱線してしまいましたが、自分が「覇気が無い」とか「やる気が感じられない」と数人から言われたことについて
皆や社会が求める勝ち組の人生(競争相手を蹴落としてまで出世コースを歩むこと)
の弊害について身を持って体験しているということの説明でした。

巷では草食系と言われたり、団塊世代の人達に言わせれば「指示待ち人間が多い」とのことです。
言葉こそ違いますが全体的な傾向として現れているようです。
自分のように環境面の影響ということもあるかと思いますが、既に経済が成熟してしまっていることも大きいのではないでしょうか。
つまり「あまり頑張らなくても贅沢しなければ最低限の生活は出来る」ということです。

エネルギッシュでリーダーシップのある肉食系の人材が重宝されやすいですが、個人的には草食系の人間も不可欠だと考えています。
それぞれに長所と短所がありますから、それを両者が補うことで初めて真価が発揮されるわけで。
極論を言えば全員が肉食系だったら確実にそのチームは潰れます。単に自己主張の激しい烏合の衆にしかなりませんから。

歪んだ子供が成長してまた歪んだ子供が出来る悪循環

我が家は経済的に豊かではありませんでしたが、農家ということで食事が充実していて
親戚が多くしっかりした人ばかりでしたので色んな話を聞くことができました。
父も事あるごとに話してくれて、時には自分の考えを伝えた時に納得してもらえることもあれば議論にもなったりしましたね。
一緒に連れ回してもらった時は、そこの役割だけでなく仕組みや背景といった詳しい部分まで説明してくれたのを覚えています。

今の父が親であることを誇りに思いますし、問題のある母についても唯一感謝していることは父を選んでくれたということぐらいでしょうか。
個人的に親と子を繋ぎとめるのは金ではなく、共有する時間の長さと質の高さだと思っています。
そのことを理解していない両親が多いというのが現状で、少しずつ歪んだ子供が出来てまたその子供が成長して親になり歪んだ親に…
という悪循環が続いてしまう、と考えています。

子供の心はお金で買えない

ちなみに小さい頃は毎週のように長男の父親が子供に喜んでもらえるようにゲームショップを連れ回した後
数千円を渡されてゲームセンターで遊んでからファミレスで食事をするという生活をしていました。
当時は自分も一緒に遊んでいたので連れていってもらえましたし、お小遣いは自分の5倍以上を貰っていて
正直その頃はその家庭や長男がうらやましいと思っていました。

そのような子供自体の生活を踏まえて、長男から「親と思っていない」という発言が出たわけです。
いかにして長男の両親が親としての役割が果たしていなかったのか。
ただ子供が求められるがままに金を与えることが子供のためにならないか。
そして子供が親に対して尊敬するような気持ちは金で買うことができないということは分かってもらえたと思います。

反面教師

犯罪を起こした本人も悪いのですが、個人的には旦那さんを支える役割をするべきだった姉にも問題があったと思います。
もし愚痴を言えるような仲なら犯罪にまで発展しなかったのかもしれませんが、少なくとも姉の夫婦は良好な関係には見えませんでした。

その姉には三人の子がいて、そこの長男が自分と同い年だったりします。
今はお互いに仕事をしていますし住んでいる県も違うため滅多に会えませんが、学生の頃はほとんど毎週のように遊んでいました。

当時その長男が言うには、料理が出来ない母への皮肉として「電子レンジ押すだけなら猿でもできる」
と表現していたぐらいですから余程だったのだと思います。また「親とも思っていない」とも言っていましたし
その長男が一人暮らしをする時は兄弟には連絡先を教えたようですが、両親には全く教えていなかったようです。
つまり一番夫婦と付き合いの長い長男が両親を親と思っていないというわけですね。

各家庭の話

我が家は幸いにも父が常識人だったので特に大きな事件に発展することもなく、自分は何とか育つことができました。
今までに小さなケンカを何度も見たり聞いたりしてきましたが、仮に10回ケンカをしたら9回は父の言い分が正しく
1回は母の言い分が正しいと感じるぐらいの比率です。
これも個人的には、祖父が仕事一筋だったから教育方面に力を注げなかったのが原因だと考えています。
ただ祖父自身は立派な人で、色んな話をしてくれましたし優しく愛嬌のある人でした。

さて、警察官の旦那さんと結婚した姉の家庭はどうなったでしょうか。
結論から書けば旦那さんは事件を起こして懲戒処分となり、退職金も出ずに職を失いました。
事件としては小規模なものですが当時は全国紙の新聞に載ったほどです。

今はタクシーの運転手で生計を立てているようですが、生活水準は当時の半分以下は確実でしょう。
姉の家庭では豊富な資金力を活かし、昔から料理を作らずに平日はコンビニ弁当や総菜。土日はファミレスに通うという生活を続けています。
生活水準を上げることは簡単な割に下げるのは難しく、今までの生活を維持するために祖父から借金をしていたようです。

勝ち組人生の代償

自分は勝ち負けをあまり意識せずに生きてきたというか、よく周囲の人達から
「やる気が感じられない」とか「覇気が無い」とか「人生なめてるだろ」とか一人からだけでなく
別の人達から似たようなことを言われたりしました。
複数の人間からそう言われるということは、よほどなんだろうと思います。

これについては自分自身の性格や考え方によるものが強いと思いますが、周囲の環境というのも大きいかもしれません。
我が家の家庭は一般家庭の水準なのですが、これは身内自慢ではないものの祖父が大企業の取締役でした。
祖父は若い頃から仕事一筋で出世コースを歩み、聞く限りではほとんど最短ルートだったようです。
祖父には二人の娘がいて、その妹が自分の母にあたります。
姉妹は共に裕福な生活を送り優秀な成績で短大を卒業し、姉は警察官の旦那さんと結婚しました。

まるで勝ち組の生活を絵に描いたようなものですが、欠けていたものがあります。
それは祖父が仕事一筋ということでほとんど家にいなかったことですね。
育児は祖母が中心となってやっていたようですが、やはり一人では限界があったのだと思います。
自分から見て姉妹は常識からかけ離れた人間だと感じていて、これは祖母が常識的な部分まで教える余力がなかったのだと思います。

人生は常に勝ち負け

人生は色んな勝負事にあふれています。例えば志望校に入るために勉強して他人より優れた成績を取ること。
希望する会社に入れるように内定を狙ったり、入社してから同期よりも早い出世コースを歩むこと。
好きな人と付き合うために努力をして、それが実り結婚すること。
子供が産まれたら、自分が競争を生き抜いてきた勝ち組であるほど子供にもそれを求めて勝負事の連鎖は続きます。
そういう意味では一世代だけで終わる話ではなく、先祖代々から未来へ向けて延々と勝負をし続けると考えることもできますね。

人生は勝負事の連続であり、一度勝ったら終わりではなく勝ち続けなければなりません。
そして負けてしまったら精神的なショックだけでなく周囲からの評価や世間体にまで影響があります。
いずれにしても勝負事は他人に認められる、評価されることが前提なものばかりですから
負けてしまえば自分自身を否定されたような気分にもなります。

なので中には競争に耐え切れずに精神的に立ち直れなくなったり、それが極端なところまでいけば自殺する人もいるようです。
ここまでくると人生は生死をかけて命懸けで取り組まないといけない、といっても過言ではありません。